2006/05/13 05:39 PM
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のらみが亡くなってもう3ヶ月になります。
火葬して埋骨してもらったお寺に行ってお線香をあげてきました。

のらみは15年以上も一緒に暮らした猫で、はっきりした年齢はわかりませんが多分18歳くらいではなかったかと思います。
毎晩私の布団にもぐりこんでは腕枕で眠る可愛い猫でした。
もともとは野良で、外でご飯をあげていたのですが(当時家にはミーコという飼い猫がいて、その子とよく似ていたので野良のミーコだからのらみと呼んでいました。)子供を生んでしまい、近所から苦情が来てしまったのでもらい手を見つけてもらいました。
箱根の強羅で広い屋敷で猫を何匹か飼っている方が里親になってくれるということになり、子猫2匹と一緒にもらわれていきました。
その方を紹介してくれた知人がのらみたちを入れたケージを車のトランクに入れて連れて行きました。

ところがそれから8ヶ月経った日曜日の朝、外に出たら玄関の木の上から「にゃ~お」と言う声。
見るとなんと、のらみが木を降りてくるではないですか!
目を疑いました。
「ええっ!おまえ、のらみ?」「にゃ~お」
間違いなくのらみの声。
急いで母を呼び、二人して「のらみかい、おまえ箱根にいったんじゃないの?!」
木から降りてきたのらみは私たちの足元をくるくる回り、擦り寄ってきました。
雑巾のように汚れて痩せてはいましたが、のらみでした。
強羅から帰ってきたのです!8ヶ月も経って。
子猫たちは一緒ではありませんでしたが。
強羅から南足柄の自宅までは20キロくらいはあるでしょうか。
どうやって帰ってきたの?まさか電車には乗れないでしょうから、山越え?!
トランクに入れられて連れて行かれたから道もわからないと思うのに・・・
知人も間違いなく強羅に連れて行ったと言います。
ほんとにびっくりでした。

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それからはもうのらみは手放せずに、うちの子になりました。
ミーコと仲良くなれなかったので、2階の私の部屋でほとんどを過ごしました。
ベランダから外に降りて遊びに行ったり、屋根を伝って隣や裏の家の屋根の上で寝てたりもしました。
どこにいても、姿が見えなくても「のらみ~」と呼ぶと必ずベランダから戻ってきました。
いつも私を待っていてくれ、眠る時も見守っていてくれている、そんな母のような猫でした。
どんな辛いことがあってものらみと一緒に眠れば心が安らかになりました。

のらみを供養したお寺には他にも猫11匹と犬1匹が眠っています。
みんな家で飼っていたか、かかわりのあった野良猫たちです。
ほんとうは家に広い庭でもあればそこに埋めたかったと思うのですがそうもできず、動物の火葬と供養をしてくれるそのお寺にいつも連れて行きました。

こんなふうに動物を供養することがいいのかどうかわかりません。
あきれる人もいるかもしれません。
でも、こうすることで飼い主は一緒に暮らした家族として動物に感謝をし、安らかに眠ってくれることを切に願い、大切なものを失った悲しみを癒そうとするのだと思います。

ここで火葬され供養された猫達と、神社の縁の下や藪の中で死んでいった野良猫たち、不公平はなくどちらも召されて行くところは同じでしょう。
のらみも亡くなる少し前、どこかもぐれる場所を探していたようでした。
猫は死に様を人に見せないといいますが、死に場所をさがしていたのでしょうか。
でも私のほうがのらみを放ってはおけず、いない間に死んでしまってはいやなので、店に連れてきたのです。
のらみにとっては迷惑だったかな・・・
その日のお昼ごろ、のらみは私の腕の中で息を引き取りました。
野良猫として猫らしく死んでいくのと、人間と一緒に暮らし家の中で死んでいくのと、どっちが猫にとって幸せなのかわかりませんが、のらみは強羅から、長い道のりを歩いてうちに帰ってきてくれたのだからきっとこれで良かったのでしょう。

このお寺には供養された動物たちの位牌と写真がいっぱいに並んでいます。
お花も絶えることがありません。
写真に書き込まれた「ありがとう」の言葉。
その動物たちがどんなに家族に大事にされ愛されてきたか、そしてどんなに家族を癒してくれたかが伝わってきます。
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私がお線香をあげていると、どこからか「にゃ~ん」と言う声。
やっぱり来た!ともちゃんです。
ともちゃんはここに居ついている猫です。
初めてともちゃんに会ったのは一昨年の10月、のらみより前に亡くなったシロを供養してお線香をあげに来た時でした。
やはり「にゃ~ん」と言う声がして、びっくりして振り向くとシロにそっくりな猫が現れたのです。
よく見るとシロと違って薄茶色の雄猫だったのですが、一瞬シロが出てきたのかと思ってしまいました。
それ以来、お寺に行くたびにご飯を持って行き、こっそり陰であげていました。
そして去年の10月、シロの命日に久しぶりにお寺に行ったらなんと、この猫がともちゃんという名前をもらってここで可愛がられていたのです。
ダンボールで作ったおうちとご飯のお皿もちゃんと置かれていました。
「ともちゃんのご飯 自由にあげてください」と書かれた箱には缶詰がいっぱい。
シロが亡くなって悲しんでいる私ににゃっと現れて慰めてくれたともちゃんは、ここに訪れる人たちの心も癒していたのです。
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この愛しい動物たちが人間に与えてくれるものの大きさは計り知れません。
大切にしなくてはと強く思います。
たくさんの動物たちと出会い、別れ、何度も悲しい思いをしてもまた動物と暮らしたい。
私にはかけがえのない子達との思い出がいっぱいあります。
ありがとう。
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2006/05/13 05:39 PM